〜 祀りごと 〜

(2009/3)

ある地方で、むかし村が貧しかった頃にこの村に行者さんが訪れてきたそうです。その行者さんをどこかのお家で泊まっていただくことになったそうですが、この行者さんがお金をもっていたようで当時大変貧しかった この村の人たちが数人でこの行者さんを殺害してしまったのです。

それほど貧しかったではゆるされないことですが、その村人達はその行者さんの亡き骸を、墓をつくり手を合 わせ、その墓の土を少しだけ一つの小さな箱につめて、数人の各家で一年ずつ預かり神様として祀られる様になりました。 それが各家に代々受け継がれてきたのです。

ここまでなら昔話の言い伝えにも聞こえますが、ところがもう百年以上経っていることもあり、ある家の跡継ぎのAさんが「もう家は預からないし、昔のことだから知らない! 何代も前のことで僕に責任があるわけでは ないから、今年からはうちは外してくれ」といわれた。

それでは仕方ないことと外すようにしたのですが、案の定あずかる事を拒否したAさんが具合が悪くなり寝込んでしまった。 これを心配したAさんのご家族が相談にこられたのです。霊査すると確かに当時の様子の映像が浮かび、貧しさのためとはいえ尊い命を犠牲にした後悔の念が村人に強く現れていました。

代が変わり、急にやらないといったAさんはその村人たちの思いを強く受けてしまったようです。 当の行者さんは、恨んでいないし手厚く祀られてきましたからむしろ、もう承知しているという感じで許され ているのです。 出張して拝見しましたが、さてどうするか、Aさんは理由がわかってまた家で祀りなおしても、次の代そのま た次の代にはもうわからないだろうし、次の世代に負担をかけることは辛いという考えです。確かに神社でも あるなら別ですが・・・・・・・・・。

今のところ毎年預かりたいというお家はそれでよい事にして、Aさんのようにもう出来ないという家は、少なくともこの行者さんの墓に(今では跡ですが)おまいりをして、できない断りをして墓所を清めなくてはいけ ない。私が伺って家でお祀りしていた場所も清めて念抜きをしていきました。 いわれがある事はやはり大事にしていかなければならないことがたくさんあります。くれぐれも粗末にならな いように。