霊能者 松林秀豪 霊的な世界 霊視・浄霊・除霊・霊現象・守護霊のご相談 スピリチュアル(精神世界)のご相談やカウンセリング 霊の存在・不眠・祖先・前世

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霊的な世界
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霊的な世界についての文章を掲載しています。




自分は何をすればいいのか TOPへ

 どう生きていけば良いのか、これから何をしたら良いのか、単純そうであり深い問題でもあります。少なくとも自分が生きるためには呼吸をして、食べるものを食べて、学んで楽しんで、仕事をして家族や、自身を養っていかなければならないのです。

 わかりきったことでも、生きることに対して、一度立ち止まって座り込んでしまうと精神的にどうしたら良いのか戸惑うってしまう事もあります。特に霊の影響を受けやすい人はどうして良いのか振りまわされてしまう事もあり、頭では理解していてもあと一歩が先に進めずにつらい思いをしている人もおられるのではないでしょうか。

眠れなくて不眠症 TOPへ

 眠れない原因はそれぞれありますが悩みであったり考え事の延長であったりと、精神的なバランスが崩れることにより、興奮状態に陥り目がさえて眠れないなど不眠の原因もさまざまだと思います。

 ご相談者に来られるなかで霊感の強い方に、かなり不眠症の方が多いようなのです。これは精神的な部分への霊的影響からくるもののようです。霊的な影響というのは精神面にかなり深く関わっているようですし、霊のような実際に物質的な姿や形がない存在を感じとることができるのも目では見ることのない心や精神面でまずとらえられていくのです。ですから霊的な事柄に敏感な人はどうしても不眠症の方が多いようです。

動物と縁が出来るという事 TOPへ

 人間だけは特別なのだと思い込んでしまいがちになることもあります。事実人間による破壊で絶滅をしていく動物の種類が増えています。自然淘汰とはまったく違います。反面、最近はペットブームで動物を愛する人もたくさんいます。動物に癒されているでしょうし、お互いに生かされている事を感じられるのです。

 人間は動物を育てることで、愛情をそそぎながらやさしい心をもつ。また動物は人間と共存することで、守り守られて生きていきます。愛情にもさまざまありますし、動物と縁が出来るということは、霊の動きが介入していることもあります。

 自分がとても落ち込んでいたときにいつも通らない道で瀕死の猫を助けたり、親類縁者が亡くなったあとに捨て犬に出会い、亡くなった方の身代わりではないけれど家で飼ってあげたいと感じて犬との生活が始まったり、不思議な形での出逢いをされている話を何人も伺いました。

 ちなみに我が家には5匹の犬猫がおりますが、すべて捨て子ばかりです。ある日縁があって子猫が家に来ました。わたしはもともと動物は好きでしたが、動物の感情まで考えようとはしたことがなかったのです。しかし飼いつづけていると、感情が伝わってきて、とは言っても人の持つ感情とは異なりとてもストレートな感覚です。可愛いしぐさを見ていると癒されるのは確かで、やさしい気持ちになれるものです。何か私に足りないところを教えてくれた感じで、縁ができてよかったと思っています。

  動物は無邪気で、素直で、人の心を映しやすいところもありますから飼い主さんが気力がないと動物も元気がなくなることもあります。

イヤだと思う人にばかり出会う TOPへ

 私は子供の頃、悪役を演じている人を本気でイヤな奴だ!と思ったことがありました。イヤだと思う気持ちにはいろいろありますが、たとえば見た目でイヤと決めつけてしまうとこれは結構やっかいなもので、イメージだけでとらわれてしまいます。

 ご相談に来られる方でも「自分はイヤな人ばかりに出会うので何とかしてください」、と言われることがあります。ご自分もつらいのはわかりますが、まずそのような状態が霊的に何から影響がきているのかを視ていきますが、大概マイナスな霊の存在がいることが多く、説得していきながら浄霊していくことが多いのですが、不浄仏霊の影響が大きく生活に関わりそれが暗さを増長させていることもあるのです。もちろんそのような霊の存在と関わってしまったご相談者の気持ちも変えて行かなければなりませんから、同時にお話して納得されていかれるようにお話しますが、霊の影響と言うのは何気ないところでも起こっていることもあります。

イヤだと思う人にばかり会う

自分でない自分が出て悩む TOPへ

 意識は通常、表面意識と内面意識とよく言われます。この2つの意識以外に意識が存在すると言うことをあまり考えたことがないかもしれませんが、普通人間は何か物を取ろうとする場合に、同時に肉体とは関係なく意識の中でいろんな考えが瞬間的に浮かんでくることがあります。

 そのくらいはごく当たり前のことでもありますが、霊感が強い人の場合には、そのときに表面と内面の意識の間に霊の存在が乗ってくることもあるのです。表面も自分で内面も自分なのに、何か自分でない感覚が存在する場合もあり、自分ではない自分がいるような状態にもなってしまうのです。


頭の中に何かがいる TOPへ

 頭の中に何かがいると感じる人がいます。ご家族にもいろいろ病院に連れて行かれて、変わらないために、私の元に相談にみえることもあります。霊が影響している、と考えるのも想像もつかないという人もおられますが、ここまで現象的に出てきている場合には、霊的にはハッキリ視せてくるケースが多いのです。

 先ほどご家族にいろいろ病院に連れて行かれたというのは、多重人格症のような現象をおこしてくるからなのです。霊の影響を受けない場合には、理性をもって行動していますと通常は現象は起こることはありません。しかし理性とは関係なく霊の影響を受けることも実際にあるのです。

 神経科の患者さんを治療されている先生が、ある日通常の患者さんよりかなりきついなと感じた患者さんを診察されたあとに、ご自身が精神的にダメージを受けられたそうです。今までに体験したことの無い感覚で、患者さんのように叫びたいような感覚に苛まれると言われてご相談に来られたケースがありました。薬も効かないと言われていましたが、視たときにすごい霊の集団が固まって憑いていた事がありました。

生きるのはどうして苦しいのか? TOPへ

 どなたでも、生きることに対して考えるのは一生を通してのテーマであると思いますが、宗教では修行であると言われていますし、人間社会における救いの言葉にもなっています。宗教にもよりますが、お坊さんが難行苦行として仏に近づく為に、人々に代わって修行していると教えのなかにしっかり入っていることもあります。

 しかし日本では多くの宗教、日本は諸外国のように統一制がなくかなり自由な国でもあります。権力による押しつけもなく宗教戦争もない、平和でこれ以上なにを求めるのか?自分の欲望を満たす?それでも欲しい物が手に入らない、発展途上国と比べれば日本は天国なはずです。けれどもどれほどの充足感があってもまだその先のものを望んでしまう、何も悩みがない人はいないのです。ただし物質的に追いすぎてしまうと、自分を見失いがちにもなっていきます。

 人間である前に霊であることを忘れてはいけません。霊界から肉体に修行と言う名のもとにそれぞれの国に生まれ、試練を乗り越えて生き抜いていくのです。努力の先の幸福を得ていくために、それでも人は人の協力と思いやりがあってこそではないでしょうか。それをなくしてしまったらそれこそ霊に操られてしまうことにもなりかねません。

霊を考える意味はあるのか TOPへ

 霊を考えるのではなく、知る必要があるのではないでしょうか。霊そのものの存在が、人間にあたえる影響がどれほどのものかはかりしれません。人間は魂と霊がないと存在できないのです。

 一般的に霊が憑くというのは自分以外の霊体という意味です。私はたくさんの霊との交信をしてきましたが、霊や魂の存在に関しては現実的に解釈すれば机上の空論でしかないのですが、私ももちろんのこと他の霊能者の方々や霊を感じる人も多くおられます。

 それは視えたり感じたりするのですから、いるとしか表現ができないのです。霊がいる、いないで争っていても仕方ありませんが、霊能力がでて来る以前に私自身が霊現象に懐疑的なほうでしたから受け入れるまでには大変な思いもしてきました。
霊はいるのだと知っていただくことだけでも必要ではないかと考えてセミナーもおこなっています。

霊を考える意味はあるか

人の心はどことつながっているの TOPへ

 人間は本来、霊なのだと思うと理解しやすい。この世に出るまでどこにいたのか、まず覚えている人は少ないのですが幼児に生まれてくる前はどこにいて何をしていたのかを訪ねるとかなり多くのお子さんが、生まれてくる前の状況やここの親の元に生まれてくることを選んできたという答えが返ってきたりしたようです。この調査がすべて正しいとも言い切れませんが、大人でも前世の記憶を鮮明に残している人もいます。

 現実の体と心の中心軸には霊の存在と魂が切り離すことはできない位置づけにあるのではないでしょうか。

前世は大きなかかわりあいがあります TOPへ

 まず前世はあります。本当にあるのは確かだと感じています。私もかなり以前に自身の前世を感じとり霊的にも視せられて納得していた時期もありました。霊能力で視ることがとても楽しくて会う人ごとに前世を視たり、言い当ててみたりもしました。いまでも前世を聞かれる方にはお答えしていますし、大切な過去の存在でもあると硬く信じています。

 ただ前世はありますが、前世の姿を変えてまるごと、この現実界に生まれてきているのではないのです。前世や過去世の記憶をほんの一部分だけ備え持って生まれてきているのです。例えば昔はとても料理が上手だったとしても、いまの現世ではあまり上手くないかもしれません。

 現世で新しい何かを学んでいくためには、不必要な才能をあえて霊界に置いてきていることもあるのです。逆にこの現世で必要なところは前世や過去世で学んでプラスになっている部分も兼ね備えて生まれてきてもいるのです。

まちがいを正していく TOPへ

 まちがいに気づくことで、人間が生きて行く上で、心に引っかかることがなくなると思います。人間には定められた時間があります、死をむかえるまで人間としての修行をし続けなければなりません。間違いや失敗があるその中で生きているから人間であり、苦もあれば楽もあるのです。だから肉体で感じる喜びを感じ、苦痛も時々あるから乗り越えれば、楽のほうが多いかもしれません。

 誰にでもまちがいはあるもので、それが人を大きく育ててくれることにもなっていきます。人生の中であやまちはいくつも体験をしていきますが、気付いたときにまたどこの方向へ進んでいくのかを選択していく事のほうが大事なことでもあるのです。

 素直に正して行こうとする場合には、霊的にも守られて行くことになるでしょうが、何かあるごとに人や周囲のせいにばかりしているといつまでも抜け出せないことにもなってしまいます。上手くいかないことは霊が憑いていることでもあるのですが、できる限りに自力も必要です。

霊が人生を左右することもあります TOPへ

 人の生活に大きく影響を及ぼしてくる霊もいます。このような事を言いますと怖くておちおち毎日を過ごせないではないかと言われるかもしれません。

 いつもイライラして短気になって自分勝手な人は、とても大きく生活の中に霊が影響をしています。とり憑かれてくるのと、イライラして精神的な安定を欠いてきますと今度は自分自身で呼び込んでしまうことになる場合もあるのです。考え方一つで精神的にも霊的にも深く影響を及ぼしてきます。

守護霊はいます TOPへ

 自分には守護霊がいないのではないかと本当に心配して相談に来られる方もいます。また強い守護霊をつけてくださいと言われたりもします。どなたでもが霊界とつながりを持っている以上は、守護をするもの(守護霊)としてついています。共に人生を学び守り、常に向上しようとしているのが守護です。みえないように(もちろん通常は視えませんが)守り力をかしてくれます。

 強い守護をつけることに関しては、守護が交代して変わる時期であるならば可能ですが、ご自分も強くなっていかなければなりません。仮に守護だけがもし強くなったとしたら、波長の違いに逆にふりまわされてしまうことにもなります。自身の努力に常に見合った波長の合う存在でなければならないのです。

 ご相談にこられた方で、その方も頑張っているし霊査すると守護も必死で守っている、けれども間を塞ぐかのように因縁的なものでしたが霊が邪魔しようとしている、守護は守ろうと必死です、霊的な姿を視せられたとき守護霊はボロボロでした。もうやっと守っている感じです。その中で私の元にご相談者を導いて最後の守護をし、霊界にかえり新たな守護を迎え入れるために来られたケースもありました。
守護霊は必ずいます。

守護霊はいます


お位牌の話 TOPへ

 以前にご相談者のお家のお位牌のやり直しをしたことがありました。
その方は当時40代の女性でご家族全体の運勢が悪く、なぜこんなに人より運が悪いのか悩んで、あちこちの霊能者のところへ行かれ、それでもなんら解決方法もなく過ごしていましたが、ある日1人の能力者を紹介され、その能力者が言うには、「悪霊が災いをおこしているので、その霊の位牌を作りなさい!そうしないともっと不幸になるから自分の言うことをききなさい!」と威圧的に言われ仕方なく言うとおりに位牌を作ったのです。

 この能力者が言うには災いをしている霊がたくさんいるので、戒名をつけて祀りなさいと言われ、能力者が作ってきましたがその能力者が来るたびに「また別の霊がいる」と言い、戒名をそのつど書いて、お位牌を作らされたのです。驚くことにその数は35個になっていて、お位牌1つが15万円でしたので金銭的にも厳しくなり、その女性は能力者の方にはもうお位牌を作れませんと丁重にお断りしたそうです。

 私からすれば、これは単純な詐欺にしか思えません。 第一、お位牌が35個は壇に入りきらないし、かといっていくつもご仏壇が家にあるなんて聞いたことがありません。

 霊とは基本的に人間から見れば、守護霊や神仏の世界と悪霊や低級霊に分けたがりますが、災いを仕掛けてくる下の霊(悪霊や低級霊)は不浄物霊あるいは悪霊です。成仏していく霊は、仏教で言うところの、遅くても33回忌で先祖となり成仏して先祖の仲間入りをします。それでも先祖にならない霊はまともな霊ではなく、悪霊の手先と思ってください。

 このような霊に対しては説得、あるいは戦う以外に方法はありませんし、ましてやお位牌を作ってやっても、調子にのるだけで、なんら意味がありません。そこでこの女性を説得して先祖と身内の33回忌が終わっていない方だけを、供養していただきました。 それからは運もよくなり今は幸せだそうです。

恨みごとも消えて成仏したおばあさん TOPへ

 年を重ねてくるといろいろなことを経験してきたなあ、と思います。よく生きてこられたという局面も何度もありました。そのさまざまなことがいまの私をつくりあげてくれた。

 上を見ればきりがないですが、少なくてもいまの自分の心には満足しています。恨み辛みもないという点では穏やかでもあります。昔のことですが、死ぬ間際まで病床で、お嫁さんに当たったり、人への恨み言を言っていたおばあさんがいましたが、人それぞれでそこのお嫁さんはなんでも笑って「はいはい、そうなの?」とよく聞いてあげていました。

 そのおばあさんはそういうお嫁さんでどんなに救われていたことかと思います。それこそ亡くなってから本当に感謝を感じたのでしょう。おばあさんの四十九日の法要もすんだ頃に お嫁さんの夢枕にあらわれて、きれいな若々しい姿のおばあさんが、お嫁さんに手を合わせて何度も何度も頭を下げて笑顔で消えていったそうです。おばあさんのしがらみや恨みはすべて無くなっていったのでした。恨み言も消えて成仏されたのです。

幸せのかたちは物質に縛られない心 TOPへ

世の中の
恐怖を感じる

 恐怖を感じることは、人だけではありません、動物達もおなじです。恐怖を感じるのは起きているときも、眠っているときも恐怖感があり、目に見える恐怖はその場から逃げることも出来ますが、悪夢など眠っているときに怖い夢は目覚めてからも心に残り、夢がいつまでも気になってしまう人もいます。

 これを霊的視点からみると、人は肉体をもっていますから物質に依存していますが、霊というのは何かを人に訴えかけたり、または霊そのものが恐怖を感じていた場合は「助けて欲しい」という思いで、人に憑依したり夢で見せたりします。

 20代の女性A子さんが1ヶ月間ほど夜中に変な夢をみているようで、夜中に眠りながら奇声を発したり、怖いと泣きだしたりで家族も起きてしまい、ほぼ毎晩続くためご家族が寝不足ぎみになり、どうしたものかわからなくなりご家族が相談にこられたのです。

 そこでこのA子さんに話をお伺いすると、「夢の記憶はないのですが説明のつかない恐怖感が目覚めてからしばらく残っています」ということでした。このような状況ですので、夜ご自宅に出張してA子さんが寝静まるのを待ってみることにしました。

 そうしていると夜中の2時過ぎに奇声がはじまったので、ご家族とA子さんの部屋に入っていくと、次の瞬間形相の変わったA子さんが私に襲いかかってきましたが、体を翻して押さえつけて、女性に憑依している霊を祈りこんで落ち着かせて話を聞くと、「この地で惨殺された、恐怖心がいまだに消えない、だから誰かに分かってほしくてこの女性の体を借りた」とのこと。事情は理解したので家人に短い間ですが供養をしてもらうことにしました。それからは家族平穏になったそうです。 このご家族は2ヶ月前にこの地に越してきていました。

水子の霊 TOPへ

 霊界からおろされた霊魂が肉体に宿っていきますが、残念ながら途中でこの世に生まれることが出来なくなることもあります。そういうときに生まれることのなかった霊に水子霊といわれます。

 本当に水子の霊は存在するのでしょうか? もともと水子の霊が悪さをすることはないと思います。悪さをするとしたら、あまりにも供養の気持ちが水子の霊ではではなく、水子に宿った魂がいるということです。

 霊界から現世に近づいたところで、現実的に生まれてくることなく霊魂が霊界にUターンするのですから恨みを残していくことはないのです。 水子を作ったことによる障害とは、水子自身が起こすというよりも、守護霊や指導霊の指示によって引き起こされる場合が多く、理由はそれぞれですが、何か過去のことに気がつくように霊的なことも伝えていることも多いのです。

あの世の存在を信じるか TOPへ

「人間は死んだら終わり?」
「肉体は滅びても魂は残ります」では、魂はどこにいるの?
と最初は誰もが疑問に思います。

 この疑問の答えは簡単に言えば、「あの世」です。
ならばあの世はどこにあるの?

 ここで、意見はいろいろわかれます。なぜ、分かれるのかといえば、それぞれに信じるあの世の概念が違うからです。宗教的な知識に左右されている場合がもっとも多いのですが、最近では霊魂の存在がさまざまに取り沙汰されているために、あの世の概念も単なる宗教的要素から離れ多種多様な顔をみせるようになりました。

 昔はあの世といえば、極楽浄土であり、天国であり、神界でありました、しかし科学的推論からあの世の概念を作りだしている人も多く、魂を一種のエネルギーと考え、エネルギー不変の法則を持ち出し、肉体が滅びたあとのエネルギーの存在を説くのはまだあの世が科学で解明されているわけではなく仮説にすぎません。

 それでもいずれ物理科学で立証できる時代が近づいています。そうなってくるとますます我々は、肉体は滅んでも魂は残ることを確実に受け入れざるを得ないことがはっきりわかってくる日がやってきます。精神的にはすでに高い意識を持っている人は感じていることもありますが、見えるものだけにとらわれないことの大事さがより重要視されてくる時代がやってきます。

天国、極楽浄土
 
   
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